つまりたい。

大江千里の歌の一節に、「誰とでもいい 話がしたい だけど話すことが何もない」というのがあり、このごろよく思い出す。歌詞はそして「結婚もする 子供もつくる 有り余る情熱」と続くのだ。

毎日心が暇である。話すことがない以前に、話す相手もいない。つまらない。つまりたい。つまりたい。

ヒット曲

隣室の人が、日曜日が終わってしまうウサを晴らすが如く、音楽を大音量で聞いている。当マンションは家賃ウン万円の高級マンションゆえ、それなりの壁でもって音を遮っているわけなんだけど、ズンドコズンドコといった太鼓と低音の部分だけは高級マンションの壁をもってしても塞きとめる事ができず、日曜の夜中に私の部屋を突き上げるように響き渡っていたのだけど、なにしろズンドコズンドコとしか聞こえない。それなのに「あ、これ『恋』だ。」と分かるなんて、ヒット曲はすごい。

鶴見線

午後から暇になってしまったので、鶴見線を乗りに行った。鶴見線鶴見駅から工業地帯を結ぶ線である。鶴見線路線図を見てみてほしい。鶴見を起点に、フレミングの左手の法則みたいな形をしている。行き止まりが三つある。

なるほど電車は終点で折り返しては次の終点、さらに次の終点、と循環しているのかな?と思ったらそうではなく、いろいろな行き先の電車が、20分に一本出ている。しかし、例えば大川駅という駅には、朝と夕方しか行けない。通勤仕様である。

まずひとつめの終点、海芝浦駅へ向かった。ホームのすぐ下は海。向こうに大きな橋や工場、遠くには飛び立つ飛行機が見える。良い。東芝の工場と直結しているので、一般人は下車してもホームでうろうろするか、駅の横にある小さな公園(東芝の総務部が管理しているようだ)をうろうろするしかない。折り返しの電車をうっかり逃すと1時間半も待ちぼうけることになる。

海芝浦から鶴見方面に戻り、浅野駅で浜川崎駅方面の電車に乗り換え。終点の扇町駅の無人改札を出ると猫が4匹くつろいでいた。いやもっといたかな。近くの老人ホームの庭には黒白のハチワレ猫だけが4、5匹。猫だらけだった。きっとみんな親戚縁者というやつなんだろう。

そして最後の大川駅へは、安善駅で乗り換え。夕方の電車までまだ時間がある。駅前のほていやという酒屋の店先のテーブルでビールジョッキ小と電車を待つ。仕事終わりのおじさんたちがチューハイを飲んでいた。よい店。

大川駅に着くともう夕方で、仕事帰りの人々に紛れ、私も家に帰った。

ブラ不足

女の子ならわかると思うけど、ジャーブラのワイヤーってどんどん歪んでくるじゃないですか。ちょっとくらいはまだ我慢できるんだけど、相当歪んで、こう、ワイヤーがブレイクダンス踊ってるみたいな、そこまで来るとつけていてイライラしませんか。わたしはするので、先日、カーッとなって持っているジャーブラの半分に当たる4枚を捨ててしまったんですけど、そのことに全く後悔はありません。ただ、そうやって、後に残ったブラは本当に満足のいく形を保っているのかというと、なんとなく歪んでいる気がしてしまって、今度カーッときたらそれこそ全部捨ててしまうのではないかと、心配である。明日のブラがない!ブラを買いに行くブラがない!とか。困る。

夜の暴れん坊

もう夏だ、と、すっかり浮かれて、夏物のピジャマで寝ていたら、あっさり風邪をひいた。寝冷えである。中年なのに寝冷えで風邪をひく。きっと私と同年代の人たちは、夜中に自分の子どもの布団を直してあげたりしてるんでしょう?風邪ひくよ、って。それが私はまだ自ら布団蹴ってますからね。元気に布団蹴って風邪ひいてますからね。現役っすよ。で、今夜から反省して、夏物ピジャマの下に長袖のヒートテックを着て寝ます。そういえば毎年そうしてた。夏だと浮かれて忘れてた。

杖の人

前に住んでいた街の駅のホームで朝、白い杖を持ったスーツ姿の男性を見かけることがあった。それから数年経って、昨日、その男性と偶然すれ違った。私服で、介助の人と楽しそうに話しながら歩いていた。だからなんだって話だけど。

夏になっていた

家に帰ってきたら夏になっていた。戸惑う。部屋着を半袖にし、掛け布団の毛布を持て余した。扇風機を出して、明日の仕事は何を着て行ったらよいか悩んでいる。

こうなってくると本格的に、冬物が色あせて見える。五年着ているコートも毛布も、毛玉を我慢して着ていたセーターもいっそ全部捨ててしまいたい。

明日着る服もないが、昨日まで着ていた服は捨てたい。困る。